最近は田舎でさえ見ることがなくなった。
あのエリアに一度入ってしまうと
死ぬまで抜けられない。
そんなことを知っている彼らと
知らない彼らがいて、
付近を歩いているだけじゃ
絶対にわからない。
もしかしたら、友人や親たち、
同僚から伝承として聞いた彼らなら
警戒して近づかないかもしれない。
でも、どうしても他人事になっちゃうから
意外と危機感がない。
というのも、生きるのに必死だから
目の前の最優先事項に真っ直ぐに
毎日立ち向かっているから。
もし、僕が同じ立場になってみたとしたら
どうだろう。少し考えてみた。
朝起きて、
僕はファミリーへ挨拶する。
そして、僕らは外へ繰り出された。
朝食は朝露だ。
なんて気持ちがいいんだろう。
今日も頑張ろうと思う。
歩き続けていると
おそらく数日前に戦があった場所が見えてきた。
そこにはまだ僕が欲しいものが残っていた。
やった!大きな収穫だ!
少し重いけど、あのルートを辿れば
早く家へ戻れるかもしれない。
僕はそう思って、
若い頃に友達とよく遊んでいた道を
通って帰ることにした。
あれ?
この辺り、昔はいい土地だったけど
砂漠みたいに
なんにもなくなっちゃったな。
干ばつが多いせいか
こうなったんだろうなー。
と、気にもせず歩いた。
ん?
こんなに歩きづらい場所って経験ないかも
なんだか変。。。
異変はこんなところにあった。
周りを見渡しても仲間たちがいない。
明らかに、僕と収穫したものしかない。
目の前の下り坂、、、
なんだか人工的に作られたような斜面、、、
斜面の下をよく見ると
僕が収穫したものよりも
大きなお宝がある!
あれを持ち帰れば、きっとみんなが喜ぶ!
それに、胸を張って帰れるな!
そう思ったけど、僕はすでに収穫物があるから
明日またここにくればいいんじゃないか?
そんな思いもあった。
でもでも、でもだ。
どうせなら大きなものを得たい。
そんなプライドもあって、
今すぐに坂の下にあるものを持ち帰りたい。
どうしても、そんな欲求に逆らえなかった。
優柔不断な僕は
その坂の淵に立ってしまった。
その時だ。
斜面が崩れ始めた。
もがけばもがくほど、崩れる。
しかも、全て同じ場所に石が転がっていく。
まっすぐ登れないなら
横に、斜めに進んだら
崩れない斜面があるかもしれない。
そう思ったけど、よくみたら
この斜面はすり鉢状になってる。
もう不安で仕方がない!
ジタバタすればするほど堕ちていく。
なら、慌てずに
足は固定したまま、ゆっくり手を伸ばして
次は、手を固定したまま足を前に進める。
そういえば、おじいちゃんが言ってたな!
思い出して、徐々に焦らずにやった。
結局僕は奇跡的に抜け出せた。
もし、我欲にまかせて
大きな収穫を得ようとしていたら
僕は何も得ることなく、
しかも、死んでいたんだと思う。
おじいちゃんから聞いたことを
忘れた今頃、思い出すのは難しい。
でも、幼い頃、
何度も聞かされていたから
思い出せたのかもしれない。
それに、おじいちゃんの言い伝えを
守って、幼い頃からロッククライミングの
練習を重ねていたおかげかもしれない。
僕は家に戻り、家族や友人たちへ
あの日のことを伝え続けた。
みんなが生きていくために。
と、なんのことだか伝えずに
書いたけど、アリ地獄から生存した
奇跡のアリの気持ちで書いた。
趣旨を伝えてから書かないと、
なんの記事?ってなるかもしれない
けど、逆に興味を持ってくれた方も
いるかもしれない。
ここまで読んでくれて
ありがとうございます。
小さな生き物も同様、
いざとなった時、
考えて行動するなんてことはできない。
だから、
体に染み込ませておくしかない。
そうなると、
普段から何を意識して行動しておくかが
生存率を上げる。
意識を明確にすることで、
今まで見えなかった世界も視野も
一気に広がる。
アリ地獄を俯瞰して見る力があれば、
さらに回避できたかもしれない。
想像する力と継続する力、そして、
常日頃から高く意識を持ち続けることが
本当に大切だと思う。
人間も全くもって一緒。
今の日本人は
『生きる』ということを
意識しているのか?
『生きる』ということの
重みを知っているのか?
知らないなら、今から知ることはできる。
意識だって、今から変えることができる。
逆にいうと、今、
変わろうとしない、
変われないと思っている人に
『生きる』チャンスは訪れない。
そんな人生を歩んで、
人生と言えるだろうか。
今からでも間に合うから、
本気で、自分自身のあるべき姿を
見つめ直して欲しい。